お知らせ

「と」を「の」に替えて振り返ろう3学期終業式

[お知らせ] 2017/03/21

3月21日(月)、3学期の終業式を行いました。

式に先立ち、今年度末で退職する3名の先生方の離任式を行いました。理事長が紹介した後、生徒会長の増谷航希君が、感謝の言葉に添えて花束を贈りました。

〈3学期終業式/校長式辞から〉

月日の経つのは、本当に早い。古来、先人は、戒めの気持ちを込めて、時間に関する諺を残してきた。ざっとみて五十を下らない。まさに、「少年、老いやすく、学成り難し。一瞬の光陰、軽んずべからず。」だ。
啓陽生の1年は、どうだったか。学校の立場で、この1年を振り返ってみた。先の卒業式で、啓陽生の底力、本気のパワーを知った。素晴らしかった。学校全体での取組ゆえ、その価値は重い。改めて、2年生のリーダーシップと1年生の頑張りを讃えよう。その一方で、反省したいこともあった。来年度は、重点的に改善していく。
ここで少し、日本語の使い方に関する話をする。お伽噺に「桃太郎」がある。AUのコマーシャルでお馴染みだ。冒頭、川へ洗濯に出掛けるお婆さんの場面がある。さて、その描写、ドンブラコ、ドンブラコと「桃が、流れて来ました。」か、それとも「桃は流れて来ました。」か。
「桃は」の方は、もともとそこに桃があって、それが転がって来たのでもなく、降ってきたのでもなく、「川の水に流されてやって来た」ということだ。それに対し、「桃が」の方は、「流れて来た」のは、木でも、葉っぱでもなく、「何とまぁ、それは桃だった」ということで、ある驚いた感じが伝わって来る。結果、洗濯に出かけたお婆さんが、全く予期もせず桃と出会ったという場面は、「桃が流れて来ました。」という表現になる。
「が」と「は」。わずか平仮名ひと文字だが、その働きには大きな違いがある。これと同じように、「と」と「の」の場合がある。例えば、「私と仕事」と「私の仕事」では、「自分」と「仕事」との距離や関係が、大きく違ってくる。
そこで私は、自分自身に当てはめて、考えることにした。例えば、私と家族、私の家族。私と夢、私の夢。私と喜び、私の喜び。私と責任、私の責任・・・。「の」を付けると、それに続く「言葉」の中身が、グッグッと自分に迫って感じられる。
啓陽生も、この1年の締めくくりを機に、是非ともしてみたい。例えば、私と努力。私の努力。私と優しさ、私の優しさ。本校の校訓である「誠実・    忍耐・研鑽」に「私の」としてみるのがよい。校訓の中身をグッと自分に引き寄せて今を振り返り、これからに活かせる反省がしたい。
明日から、2週間あまりの春休みが始まる。安全と健康に留意し、新学期に繋がる心と身体のリフレッシュとともに、新年度、また新しい一歩を踏み出せる準備をして過ごそう。新学期、また元気な姿で会おう。
 

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